開催趣意書を作成する。
muryoimpl opened this issue · 13 comments
そんな堅苦しい感じではなく、まぁ自分たちの方向性を再確認できる程度の文章を作成する、ってな感じで。
どんな感じですか?
すみません。イベント続きだったこともあって、未着手なままです。
今週末にドラフトを作る予定です。
ドラフトできたら、皆さんにレビューしていただきたいです。
文意の変わらない範囲で細かい修正を入れました。
誕生日は実は 2/23 かも?って話も出てましたが、今のところ 2/24 にするってことになってたんじゃないかなー。
ってことで、日付じゃなく「今年」にしてあります。日付にこだわりがあるなら出典を明確にして戻してくださいな。
「仕事でRubyを使わされてる」人たちへの言及はいらないかな?w
強調してるところで survive が名詞っぽく使われてるのがちょっと気になる……いや、そうでもないかな。
全体としてはとてもよいと思います。
GitHubのwiki、履歴や差分がわかり易くて良いですねー
「仕事でRubyを使わされてる」人たちへの言及はいらないかな?w
L5 〜7あたりでしょうか?
<Rubyとの付き合いは…〜生業にしているのでしょうか?
「フルタイムRubyistでありたいけれども、現実は違う」
というところから共感を持ってもらえるようにRubyを使う状況を次のように分けて明示してみたのですが、
削っても趣旨は変わらなさそうですね。
- パートタイムRubyist
- プライベート
- 仕事
- フルタイムRubyist
「使わされている」人たちのことを考えなければ、 「Ruby使っている ⇒ フルタイムRubyistでありたい」は自明
ということであれば、必要ないと思います。
> @no6v
気になっている場所が違うかもしれませんが、編集してみてもらえませんか?
強調してるところで survive が名詞っぽく使われてるのがちょっと気になる……いや、そうでもないかな。
確かに名詞っぽいですね。
「survival」ではなく「survive」にしたのに「survive」の動きが表現できていない気はしています。
日本語の文中に「survive」を入れようとしたときに、
「survive」する
といった表現しか思い浮かばなかったのですが、他に思い浮かんだらぜひ編集してみてください。
ちょっと大きな変更になるかもと思い、一旦コメントで。
皆さんはどのようにRubyと触れ合っているのでしょうか?
Matzこと、まつもと ゆきひろさんは、
『「Enjoy programming」がRubyの真のモットー』
とおっしゃっていますが、Rubyでプログラミングを楽しんでいますか?
Rubyとの付き合いはプライベートでだけでしょうか?
仕事でもでしょうか?
Rubyistを生業にしているのでしょうか?
多分、Rubyとの触れ合いとなると、プログラミングが当たり前かと思うし、Rubyプログラミングなら
楽しんでいるはずかなと思ったので、
皆さんはどのようにRubyプログラミングされているでしょうか?
プライベートだけでしょうか?仕事でも使って生業にしているでしょうか?
の2行になっても良いかと思いました。
多分、Rubyとの触れ合いとなると、プログラミングが当たり前かと思うし、
Rubyプログラミングなら楽しんでいるはずかなと思ったので、
「Rubyでプログラミングを楽しんでいますか?」は、
「言うほどRubyでプログラミングしてないなぁ」から
「Rubyistで居続けるのは簡単とは言えないかも」と思い返してもらうための
布石みたいな質問を意図していたつもりだったのですが、
「Rubyでプログラミングしてるけど苦しくなってませんか?」という質問と
勘違いされるかもしれないですね。
皆さんはどのようにRubyプログラミングされているでしょうか?
振り返ってもらうためには、もう少し膨らました方が良いように思うのですが、皆さんはどう思いますか?
「気にするほどでもない」ということでしたら、変更してみようと思います。
プライベートだけでしょうか?仕事でも使って生業にしているでしょうか?
こちらはちょっと表現を変えて反映してみました。
「Rubyでプログラミングしてるけど苦しくなってませんか?」という質問と
勘違いされるかもしれないですね。
いえ、そういう風には勘違いしなかったですね。
プログラミングを楽しみたいからRubyと触れ合ってるんじゃないかと思ったので。
ちょっと「〜でしょうか?」が多くて気になったのがきっかけでした。
趣意書の件なにもコメントしてなかったので、コメントします。
修正前の段階では「仕事でRubyをしないと」や「仕事のせいでRubyが」みたいな印象を受ける文だったのですが、いくつか手が入ってその印象が薄くなったので、特になにも言わなかった(というか書いたけど反映されてなかった)です。
必ずしも仕事でRubyをすることだけが Rubyist として生きていく道ではないので、なるべくそういう表現は避けたいし、仕事ではない Rubyist としての生き方みたいのもあるはず。
(仕事のせいにする言い訳をを用意したくないとの意図もあるとかないとか)
必ずしも仕事でRubyをすることだけが Rubyist として生きていく道ではないので
ごもっともです。
「仕事でRubyをしないと」や「仕事のせいでRubyが」
読み返してみると、まだ強いかも知れませんね。
ちょっと考えてみます。
ギリギリになってしまってすみません。
表現を見直してみました。
「(案)」も削除しています。
最後の確認をお願いします!